滝沢カレンの母・宮沢さゆりは行動力オバケだった!バレエとロシア語 を両立させた驚愕の生涯に迫る!!

タレントとして活躍し続けている滝沢カレンさん!

 

今回は滝沢カレンさんの母である宮沢さゆりさんの行動力がオバケすぎる!と言う事で、今までどのような活動をしてきた女性なのかご紹介していきたいと思います。

ロシア語の通訳とバレエ教室の経営者

滝沢カレンさんのお母さんである宮沢さゆりさんは、ロシア語の通訳とバレエ教室の経営者をされていました。

 

バレエ教室は、東京都港区にある「リビーナ」という教室です。

出典元:Yahoo!検索

ロシア出身の元バレリーナである講師が揃っているとても素晴らしいバレエ教室でした。

 

また、宮沢さゆりさんは「日ソ学院(東京ロシア語学院)」に通われていたという事もあり、ロシア語がペラペラ!

 

2つのお仕事をしていた秘密は幼少期にあると言う事で、宮沢さゆりさんの幼少期を詳しくご紹介します!

小さいころはバレエを習いたかった

宮沢さゆりさんは幼少期に「バレエ」を習いたいという気持ちが強くありました。

 

しかしながらご両親がバレエをやらせてくれなかったとのこと・・・。

 

そのため、自身でお小遣いをため秘密で近所のバレエスタジオに通っていたというのです!

 

バレエに対する思いがとても熱い事が良く分かりますよねっ。

 

そんな時、「ボリジョイバレエ」が近所に来たので、見に行きカルチャーショックを受けた宮沢さゆりさん。

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「これが本当のバレエなんだ!」と衝撃を受け、それと同時に今習っているバレエは「なんかが違う??」と感じ始めたのです。

 

「なんかが違う」と感じた秘密は、ロシア語を習えば分かるのではないだろうかと思いロシア語勉強!

 

しかしまだ子供だったので、ロシア語の勉強は壁にぶつかり親に相談をすることに。

 

親からは、「バレエを辞めたらロシア語を習わせてあげる。」と言われたそうです。

単身、語学留学をする

バレエかロシア語か・・・当時はロシア語を選択した宮沢さゆりさん。

 

高校卒業までは独学でロシア語を学びつつ、親に内緒でバイトをして留学費用をためていました。

 

そして無事高校を卒業すると、バイトをして貯めたお金で「ソビエト」に留学をします!

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留学してからは学校の授業そっちのけで、バレエ公演のある日は毎晩ボリショイ劇場に通っていたのだとか。(笑)

 

授業そっちのけだったにも関わらずロシア語の通訳として活躍していましたから、地頭がめちゃくちゃ良かったのでしょうね!

帰国後は通訳として

宮沢さゆりさんは日本に帰国後、通訳として仕事を始めました。

 

幸運にも初仕事の通訳が、ロシアのバレエの先生のレッスン通訳の仕事だったのです!

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怒られながらも先生の教え方を見て、「この教え方をしているからああいう素晴らしい舞台ができるんだ!」と思っていた宮沢さゆりさん。

 

そんな時にカルチャースクールでロシア人の先生が教えるという事が耳に入り、すぐに習いに行ったとのこと。

 

そしてロシア人の先生に密着して本を作りはじめ、経験を重ねるごとに「こういう教えがなぜ日本でできないんだろう?」とずっと疑問に感じていたそうです。

 

滝沢カレンさんも何にでも挑戦して行動力のある方ですが、母である宮沢さゆりさんの行動力もとても凄いですよね!

葛藤の末、経営者に

通訳としてお仕事をしつつ、バレエの先生に密着しバレエに関して深く勉強をしていた宮沢さゆりさん。

 

ある日、宮沢さゆりさんのお父さんが病気で倒れてしまうという一件がありました。

 

宮沢さゆりさんのお父さんは建築事務所を経営されていたのですが、倒れてしまった事により事務所も閉業。

 

建築事務所があったテナントが開いたため、思い切ってバレエスタジオに変えたと言うのです!

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それが今あるバレエ教室「リビーナ」!!

 

人脈が広い宮沢さゆりさんは色々なバレエの先生に声を掛け、皆さんが「バレエを教えたい。」と言ってくれたため半ば強引に「リビーナ」をオープン!

 

バレリーナにはなれなかったものの、バレエに関するお仕事が出来て本当に嬉しく思ったことでしょう!

2018年7月にがんで亡くなる

今までお話してきて宮沢さゆりさんは現在もバレエ教室「リビーナ」で、頑張って楽しみながらお仕事をされているのかなと思う方も多いはず。

 

しかしながら宮沢さゆりさんは、2018年7月にガンで亡くなられています。56歳という若さでした。

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ガンの種類は不明で、宮沢さゆりさん自身が病院嫌いで体調の変化を感じても病院に行かなかったそうです。

 

その事が関係し、がんの進行が進み手の施しようが無くなってしまった可能性があります。

 

また2018年7月頃と言えばちょうど滝沢カレンさんが芸能界で人気になりはじめ、バラエティー番組にも多く出演し忙しく仕事をこなしていた時期でした。

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宮沢さゆりさんが亡くなった時期も忙しかった滝沢カレンさん。事務所のスタッフや関係の深い人にしか、母の死を伝えていなかったのです。

 

そして一人っ子であった滝沢カレンさんは、宮沢さゆりさんの葬儀の喪主を務めます。

 

葬儀の際の挨拶では「またママの子どもで生まれてきたい。」と語り、涙を流しました。

出展:Twitter

テレビの中で見る滝沢カレンさんは本当に元気で明るく、ポジティブで面白く泣いている姿が想像できませんよね。

 

母が亡くなった時も公の場には言わずお仕事を淡々とこなし、私達には笑顔を見せてくれていた・・・

 

そう考えるとおバカキャラの滝沢カレンさんが、本当はとても真面目で人一倍努力している方なのだなと改めて感じます。

まとめ

滝沢カレンの母、宮沢さゆりさんは幼少期の頃から行動力があり自分のやりたいと思った事はなんとしてでもやり遂げ、夢を叶え続けてきた素敵な女性でした!

 

亡くなってしまったと聞き悲しい気持ちになる方もいると思いますが、今ある滝沢カレンさんの笑顔を思い出し改めて滝沢カレンさんの事を心から応援していきたいですね。

 

これらもおバカ発言が面白く、元気と明るさで場を和ませる滝沢カレンさんでいて欲しいなと思います。

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