【台本設定が地獄だった!】柄本明が明かす志村けんとの初共演エピソード!伝説のコントの誕生秘話が面白すぎる!

映画俳優として活躍し、またバラエティでも活躍する超個性派俳優の柄本明さん。

 

コントではあの志村けんさんとも多く共演をされて世間のお茶の間を爆笑の渦に巻き込んでくれました。

 

そんなお二人の関係について、驚愕の秘話があるので、今回はその秘話について書いていきます!!

志村けんからのオファーで初共演が実現した柄本明!


引用:X

柄本明さんと志村けんさんの初共演のことで秘話があります。

 

まず、柄本明さんは1987年「加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ」という番組にて、志村けんさんと初共演を果たします。

 

それまで全く面識がなかった柄本明さんですが、なんと志村けんさんから共演のオファーを受けたそうです!!

 

志村けんさんといえば、もうこのときすでに大人気の芸能人。もちろん柄本明さんも負けてはいませんが、なにせそのときまで一切面識がなかったわけですから。

 

そこに、あの志村けんさんからオファーが来たのです。

怖すぎる台本設定に「地獄だった」と明かす柄本明


引用:Google

これは断るわけにはいきませんよね!!オファーを受けた柄本明さんは、恐る恐る現場に行き、台本を受け取ります

こ、怖すぎる~~・・・

そこにはなんと・・・・・・!!!

 

冒頭の設定のみ・・・。

 

その内容は、(柄本明さんが)電話をして「ちょっとマッサージお願いしたい」と電話を切り、マッサージを待っていると志村けんさんがやって来る、というもの。

 

たったこれだけ・・・。台本には、たったこれだけの設定があっただけ

え!?・・・それだけ??

あとは、あの喜劇王・志村けんのアドリブに応えないといけない、というスーパーハイレベルな要求だったそうです!!

 

耐えられますか!?

あの志村けんの、あの喜劇王のアドリブに応えられますか!?!?

 

それを見事にやり切った柄本明さん。当時を振り返ったときに「地獄だった」と明かされています


引用:X

もう一度聞きます。・・・あなたは耐えられますか!?

志村けんはなぜ柄本明を選んだのか


引用:Google

ここですよね!!なぜ志村けんさんは、まったく面識のない柄本明さんにオファーをしたのでしょうか???

 

これも調べたら、驚愕の秘話でしたよ。。。やはりトップの考えることは凄かったです。

 

志村けんさんは、柄本明さんの顔を見て「笑いをやるにはすごい得な顔だと思う」とのことで「ちょっとほしいな、その顔」とオファーをされたそうです。


引用:X

おお~~~!!!

なんということでしょう。志村けんさんにとって、柄本明さんのお顔は『自分にはない顔』であり、自分がしている笑いをするのに、ものすごい得な顔。。。

 

それなら欲しい!!!だったらオファーしよう!!!

 

と、常に笑いに対しての考えからの行動だったのです。

なるほどね~~~!

う~~~ん。初共演が1987年ですからね。志村けんさんはすでにお笑いの世界でもトップクラスでしょう。

 

それでもまだまだ向上心を持って、「もっと上に行くには!?」と考えてのオファーだったのかも知れません。

 

そんな喜劇王の期待にバッチリ応えた柄本明さんもめちゃくちゃ凄いんです!!

 

その後、2人のコントは全国のお茶の間に、爆笑の渦を届けてくれるのです。

 

ちなみに、志村けんさんのこのお笑いに対しての姿勢はダウンタウンの松本人志さんも称賛されています。

伝説の「芸者コント」は柄本明の発案だった!

「柄本明と志村けん」で外せないコントの一つ。もはや伝説ともなった「芸者コント」。。。これにも秘話があるんです!!

 

実際に動画もあるのでぜひ見てください。・・・あっ、音量と自分の笑い声には注意してくださいね!

2人はこのコントを何度もやっています。それこそ時代を超えている伝説コントですので、当然現代バージョンもあります。

 

この動画で登場する、両脇にいる若い芸者がスマホを持っているのはその理由。

 

この芸者コント、実は柄本明さんが持ち込んだネタらしいですが、それが実現されたときは本当に嬉しかったと、柄本明さんは語っています。

 

また、柄本明さんと志村けんさんのコント中の変顔ですが、これは本番直前に決まったものらしいですね!!

コント中の変顔は本番直前に決まったもの

え!?あの顔、直前で決まったんだ!!

なんでも、柄本明さんが本番直前に「この顔でいきます」と鼻の下を伸ばし、それに対して志村けんさんが「じゃあ、僕はこの顔で」と顎を出し2人が登場。

 

それでスタジオがワッと沸き立ったそうです。

この顔でいきます

柄本明

志村けん

じゃあ、僕はこの顔で

このことに対して、当時志村けんさんは「打ち合わせのたびに顔が変わっていく。変顔の応酬になった」と明かしてくれました。

柄本明は志村けんに対して畏怖の念を抱く!


引用:Google

柄本明さんの生年月日は1948年11月3日、志村けんさんは1950年2月20日で、柄本明さんのほうが年上なのです

 

しかし、柄本明さんは志村けんさんに対して畏怖の念を抱いていたそうですね。

 

とある取材の現場で、志村けんさんに対して記者の方が「この仕事をやってなかったら何やってると思いますか?」と質問をしたそうです。

 

すると、志村けんさんはその問いに対して

「そんな根性じゃやってません」

と回答。。。

 

いや・・・凄すぎるでしょ!!!

 

この志村けんさんの仕事に対して姿勢に、柄本明さんは畏怖の念を抱いたそうです。

 

柄本明さんは、「僕だったら映画の仕事が好きだから「映画関係の裏方なんかやってますかね」とか答えるじゃないですか。

 

ちょっと尋常じゃないな、すごいなと思いました」ということで、年齢は下でも、その姿勢には尊敬はしつつも畏怖の念が出たのだそうです

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